長所が言えないのは、審査が厳しすぎるだけかもしれない
「短所はすぐ言えるんですけど、長所は……特にないです」
大学で学生さんの自己分析のお手伝いをしていた頃、長所と短所を尋ねると、いつもこうでした。短所は「人見知りで」「優柔不断で」「飽きっぽくて」と、すらすら出てくる。ところが長所になると、急に口ごもってしまう。理由を聞くと、「もっとすごい人がいるから」と。
そう言われると、私はいつも、こう尋ねていました。
「じゃあ、さっき挙げてくれた短所は、誰にも負けないくらいすごいレベルなの? 世界一の人見知り?」
たいていの学生さんは、笑いながら「さすがにそこまでじゃないです」と答えます。
ここに、長所・短所の面白い仕組みが隠れています。
短所は「自己申告制」なのに、長所には「審査員」を呼んでしまう
短所を挙げるとき、私たちは自分の感覚だけで話しています。日々の暮らしの中で「人見知りだなあ」「めんどくさがりだなあ」と感じる、そのままを口にする。世界ランキングは気にしません。
ところが長所になると、急に世間との比較が始まります。「このくらいで得意と言っていいのかな」「上には上がいるし」「自慢だと思われたら嫌だな」。
短所は自己申告制なのに、長所にだけ審査員を呼んでいる。この非対称に気づくだけで、少し気持ちが楽になりませんか。
長所も、短所と同じルールで探していい
私は、長所も「自己申告制」でいいと思っています。人よりだいぶ優れている必要はありません。短所と同じように、日々の暮らしの手ざわりから拾えば十分です。
- これは結構できたな、と思えたこと
- これは割と得意かも、と感じること
- これをしている時間は好きだな、と思えること
「早起きは割と苦にならない」「初対面は苦手だけど、仲良くなった人の話はじっくり聞ける」「地味な作業を淡々と続けるのは嫌いじゃない」——どれも、立派な長所です。
長所探しは、自分を肯定的にとらえる練習
長所を探すことは、就活や面接のためのテクニックではなくて、自分を肯定的にとらえる練習なのだと思います。
短所ばかりすらすら出てくるのは、裏を返せば、それだけ自分に厳しい目を向けて生きてきた証拠です。まじめな人ほど、そうなります。だからこそ、あえて意識して「結構できた」「割と得意」「これは好き」を拾ってみる。その小さな積み重ねが、自分との付き合い方を、少しずつやわらかくしてくれます。
タロットのセッションでも、似たことが起こります。カードをめくると、自分では短所だと思っていた性質が、別の角度から見えてくることがあるんです。「慎重すぎる」は「物事を丁寧に進められる」でもある。「優柔不断」は「いろんな可能性をちゃんと見ている」でもある。
あなたの中の「ダメだなあ」は、光の当て方を変えると、意外な顔を見せてくれるかもしれません。ひとりで審査員の声に負けそうになったら、一緒に光の角度を探しにきてください。